前回に引き続き、私が民間企業の研究者として大事だと思うことについて書きたいと思います。
企業研究者にとって大事なことは?その2
企業の研究開発において私が大事だと思うことの二つ目は、「異分野融合」です。 その理由は、異分野の融合が最も簡単にイノベーションを起こすことができる手段であると思うためです。
Aの分野では当たり前の技術をBの分野に適用することで、多くの研究成果が成し遂げられています。 例えば、AIやシミュレーションで材料探索をDX化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)でも同様です。
AIによって医者の代わりに医療画像から病気を診断することができるのであれば、素材を発見してきた優れた研究者をAIでも再現できるのではないか?といったように、「AI」×「素材」という異分野が重なり合ったのがMIです。 実際、AIの技術が先行する画像処理や自然言語処理の分野で提案された手法が、2〜3年後にMIの分野に波及し、今までできなかったことがどんどんできるようになってきています。
このように異分野融合とイノベーションについては、ノーベル賞を受賞された田中耕一さんもこちらで述べられており、異分野融合は天才でなくともイノベーションを起こすことができる方法であると私も思います。 特に、さまざまなテクノロジー分野にまたがり、さまざまな分野の研究者が連携して研究開発を行う民間企業という場こそ、異分野融合による新しいイノベーション誕生の可能性が高いと感じています。
私にとっての異分野融合
私自身も、パナソニックでさまざまな素材を扱った経験から、新しいMI手法を構築することができました。
入社して3年目に、それまで取り組んできたバッテリー開発のプロジェクトから、太陽電池開発のプロジェクトへ移動になりました。 ここで取り組んでいた次世代太陽電池は、有機-無機ハイブリッド材料という特殊な材料を使ったものでした。 この材料は、これまでのMI技術をそのまま適用することができず、計算による特性予測が困難でした。
そこで私は、これまで取り組んできたバッテリーのシミュレーション技術を、ハイブリッド材料に適用できないかと考えました。 そのアイデアは想像以上にうまくいき、これまでできなかった予測手法を創出することに成功しました。 詳細はこちらをご参考ください。 「バッテリー」×「太陽電池」という異分野融合が、これまでにないMI手法の構築に繋がりました。
新しい異分野融合はどのようにして起こるのか?
バッテリー開発を経験した材料計算科学者が、次世代太陽電池開発に携わる、そんな研究者は世界中を見回しても数人しかいないのではないかと思います。そうした自分しかできなかった偶然の経験こそが、異分野融合の種になると感じています。
私の好きな考え方の一つに、計画的偶発性理論があります。 これは心理学者のジョン・D・クランボルツ教授によって1999年に発表されたキャリア理論で、個人のキャリア形成の8割が予期しない出来事や偶然の出会いによって決定されると考えます。クランボルツ教授らが社会的成功を収めた数百人のビジネスパーソンについてそのキャリアを分析したところ、約8割の人が計画されたものではなく「自分の現在のキャリアは予期せぬ偶然によるものだ」と答えたそうです。
前回のオリジナリティの話にも関わってきますが、私はこの「偶然」の中にこそ自分にしかできない異分野融合があると思います。 私がバッテリーの開発プロジェクトから太陽電池の開発プロジェクトに異動になったことも「偶然」であり、その偶然がなければ「バッテリー」と「太陽電池」を組み合わせてみようとは発想できませんでした。
自分のキャリアにこうした「偶然」が訪れた時に、最初は「自分の専門分野とはちょっと違うな」と感じることもあるかもしれません。 そうした時も、計画的偶発性理論のようにチャンスと捉える姿勢が大切かなと思います。 自分のこれまでの経験と融合できることは何かを考え、その異分野に一歩ずつ足を踏み出していくことにより、自分にしかできない異分野融合ができるのではないでしょうか。
自分の専門領域を広げながら、自分にしかできない異分野融合を見つけて、イノベーションを起こせる確率をあげたいと思います。
次回は、企業研究者として大切と思う三つのことのうち最も大切と私が感じている「物事の「本質」を理解する」について書きたいと思います。